「ありがとう」と言える人でありたい。

私は、どちらかというと「ありがとう」が言えない人だ。

なんとなく、恥ずかしくて。言わなくてもわかるかな・・・と思ったり。

頑張って「ありがとう」を伝えようと思って、せーのっ!と振り絞って「ありがとう」ということも多い。それでも下を向いてしまったりしながら。

でも最近「ありがとう」の大切さを再認識した。

友人が少ししょげていたので聞いて見たら、

「友人と一緒に出産祝いを送ったのに、1カ月たっても一向に『ありがとう』の連絡がない。私が選んだ品だったけど気に入らなかったのかもしれない。もう私、選びたくない。」

とのこと。

友人には何の落ち度もない。聞けば私でも欲しくなるようなものだった。

「赤ちゃんのお世話が忙しくてお礼どころではないのかもしれないよ」・・・と言ったものの、「お礼ぐらい言えよ!」と思った。

「ありがとう」の一言がないことは、それほどまでに人を落胆させるのだ。

それとは別だけど、3月に”シニアヨガ”と”アトリエヨガ”が終了となった。

私のもう一つのお仕事の関係で、続けられなくなったからだ。

シニアヨガでは、老人ホームのスタッフの方から、お手紙とプレゼントを頂いた。

お手紙には、”ありがとう”の文字と、それが伝わるエピソードが。やってよかったと思った。

そして、アトリエヨガの終了日、「ヨガがこんなに楽しいものだとは思いませんでした」という言葉とともに「ありがとう」の言葉を頂いた。その人は真っすぐに私の目を見て言ってくれた。

みるみるうちに、心の中にエネルギーが充填されていくのを、自分でも感じた。

それほどまでに「ありがとう」という言葉は心を込めて使うと威力のある言葉なんだということを再認識。

たぶん、世の中には「ありがとう」を素直に言える人と、言えない人がいると思う。

でも、その一言を声に出すか出さないかで、人が元気になったり落ち込んだりするんだ・・・・と思うと、ありがとうという言葉の威力・破壊力を改めて感じる。

ありがとうという言葉は「タダ(無料)」なのに、人を動かすことができる言葉なんだと。

先日、見たテレビで、閉校になる予定の学校にいた11人の生徒が、その学校で卒業したいという思いを訴えて、生徒11人だけで卒業まで頑張った話が取り上げられていた。

その生徒の一人が、メディアで美談として取り上げられるが、自分たちの中にはずっと後悔の念もあったし、そんなに仲も良くなかったし、きれいごとばっかりではなかったけど、最後に先生に「この学校で卒業することを選んでくれてありがとう」と言われて、初めて心が救われ、自分の選択が正しかったんだと思えた、と言っていた。

「ありがとう」という言葉は、この子たちが悩み過ごした「3年間」を救う威力があるんだ、と改めて。

今週の朝ヨガも、約20人の人が来てくれました。

いつも最後の挨拶の時に、その日に来てくれた人の顔をぐるーっと見渡しながら、さぞかしこの機会を作るのに頑張ってくれたんだろうな、「ありがとう」と思ってます。(あ、ちゃんと言葉にしてます、この時ばかりは)

ナマステ

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